Diary

TWITTERの弊害

日記の更新遅れる。
書き込みのページにログインしないといけないというのがネックになっているかと思う。
書きたいことは山ほどあれど。
前回更新してから、祖母が亡くなり、それに伴い実家に帰省して親戚一同と久々の顔合わせ、大学の前期が終了し、しかしまだレポート1件残っており、○回目の誕生日を無事迎え、、、、と個人的なことはこんなところ?
祖母が亡くなったときは、こんな私でもいろいろなことを考えた。
私の両親の親世代、私にとっては合計4人の祖父母の最後の一人だったので、親の親世代が完了したということは自分の中では非常に大きな出来事。
そして、葬儀に集った従姉妹の子ども達。
自分たちの次の世代に命をつないでいるんだなと思うと感慨しきり。
そんな中私は子孫繁栄に貢献しておらず、これは地球規模で考えたときに良いことなのか悪いことなのかは分からない。
自分が育てている生徒を子どもだと思うと、そういう意味では次世代の育成には少しは貢献しているようなきもする。
書きたいことはまとまらないので、最後に好きな詩を。
この作者に関しては何も知識がないのですが、私の好きな劇団の演目で歌われていたうたです。
子どもを育てるということは、必ずしも我が子でもないと思った、意味のあるうた。
「空をかついで」


肩は
首の付け根から
なだらかにのびて。

肩は
地平線のように
つながって。

人はみんなで
空をかついで
きのうからきょうへと。

子供よ
おまえのその肩に
おとなたちは
きょうからあしたを移しかえる。
この重たさを
この輝きと暗やみを
あまりにちいさいその肩に。

少しずつ
少しずつ。


(石垣りん詩集「略歴」より)


よみがえる!

今日、自宅のアパートに戻ったらご臨終だった自転車の鍵が掲示板にかけてあった。
※参照 http://diary.la-bomba.com/article/37335388.html
エレベーターの点検でもしたのだな。
むふ、スペアがある状態にもどり、ちょっと安心♪
昨日からまた風邪っぴき。
前回との相違点は鼻水。
先日とある人から贈り物あり、感激。
実用的なものでロマンチックな気持ちになるものではないが、『この人』だからこそ嬉しいというのを久々に感じる。
私自身は、贈り物は贈りたいときに、贈りたいものを、贈りたい人に、だから、記念日にあわせてものを考えるのは苦手だ。
でも、街をふらっと歩いていて『あ、これあの人にあげよう♪』とか思ったら即購入。
だから、大事な人だからプレゼントする、とか、親友だからとか、でもないんだよね。
『これはあの人にふさわしい』というのが衝動だからな。
ちなみに人生で一番嬉しかったプレゼントは、異様にケチな男友達がカレーをおごってくれたこと。
あのときは本当にびっくりして、わずか数百円なのに『本当に良いの?良いの?』と何度も確認してしまった。
ちなみに、私はカレー大好きです♪♪♪